lensdiary

日記。観たもの、聴いたもの、読んだものについて思い浮かんだこと。感想はネタバレを含んでます。

ケンジトシ感想

 

シス・カンパニー『ケンジトシ』、3月10日に大千穐楽を迎えられ、全公演完走、本当におめでとうございます。

 

 

余韻に浸ってます。中村倫也さんが出演された舞台はどれも忘れられない作品ばかりですが、ケンジトシは作られた皆さんの思いが、心の一番奥深くに届いた特別な演目でした。

 

※2023.5.27追記と書き直し。

 

戯曲を読んで考えたこと

lenwst.hatenablog.com

 

 

東京公演配信を観た時に思ったこと

lenwst.hatenablog.com

 

 

限られた舞台装置と音のみ。キャストさんの表現、動きがダイレクトに伝わる、本当に面白い演目でした。

 

劇中、ハロゲン電球?裸電球?のような小さくポツンと一つの光が劇中出てきたのが配信の時から気になっていました。劇場で見た時に、その光が出てくる場面と動き、明るさの強弱の変化を見て、トシさんの命、魂として見ると、他のキャストさんの動きもつながりがあるように思えて、とても印象的でした。イシワラさんが経歴を読んでいる時に背景に映される文字の隣を動く光(トシさんの命)にコロスさんたちが反応して背景を眺めている動きが、コロスは非現実的なもの、目に見えない世界や言葉やデータで説明できない世界を表していると思いました。

わたくしどもはの場面?で、ケンジさんとイシワラさんが向かい合って座るテーブルの真上で光っていたのは尋問室みたいだと思っていたんですが、その後どこかのやり取りでトシさんが離れていった後、テーブルの上で光の明るさが大きくなって次第に弱く消えていったように見えて、その光の使い方もトシさんの魂がどんどん離れていってるように見えたのが命の儚さを表しているように見えました。

 

 

法華経で解かれていることや、永遠、久遠、浄土、菩薩などを口にして、より良い暮らしや良い街づくり国づくりの計画を進めていこうとしても、つきつけられる現実(トシさんの死、パンデミック地震被害後の復興時、戦争で誰かが死ぬこと)からは免れられない厳しさ、ケンジさんの深い喪失感とイシワラさんの矛盾の中に生きていると嘆く姿で表されていました。深い哀しみと柔らかく微笑ましい会話を繰り返す表現と賢治さんの残した言葉を重ねることで、矛盾の中にあっても、それでも心の根元にはより良く生きたいと願う純粋であたたかい愛情があったことが伝わってきました。

 

 

終盤、雪が強く降る冬山で遭難した兄妹の記憶の後、ケンジさんからふわっと離れて立った朧げな雰囲気をしたトシさんが、宇宙意思は無いのよと言いました。ケンジさんは少しショックを受けたような驚きの表情をしましたが、トシさんは表情を変えずにインドから来日したタゴールさんは詩人として言ったと事実を続けてケンジさんに告げました。この会話、早く訪れた死別というつらい気持ちから精神世界の探究で逃れようとするケンジさんに"現実を見なさい"と諭しているように思えて、心の奥底にツーンと響きました。

 

そのあともトシさんは続けてケンジさんに、やまなしはケンジさんの中にある菩薩の眼差しだと教えました。イシワラさんはホサカさんに、覚有情、菩薩とは何かではなく、菩薩がどういった修行をしていたかだと言いました。目の前で起こったこと、見たこと、感じたことを受け入れて、何が心に残ったかに気づいて、とトシさんは言いたかったんでしょうか。トシさんは、ちゃんとサヨナラを言いたい、でも心や記憶からは消えないと言いたかったんでしょうか。この後、ケンジさんが死んでいく妹に、泣いて崩れるような身体を必死に踏ん張って震えて絞り出すように別れと感謝を口にすることができたのは、トシさんが告げた"菩薩の眼差し"を受け入れられて、やっと心にある気持ちを表現できた場面だと思いました。

 

 

ケンジトシの予習として、改めて宮沢賢治さんの経歴を本で読んでみて、生まれる前と亡くなられたその後に東北地方で大きな地震があったことを知りました。石原莞爾さんも同じ時代の方。街の復興、スペイン風邪の大流行やトシさんや賢治さんもかかった感染症、肺の病気、戦争の気配など、東日本大震災を経験した後の2020年代に奇妙に重なることばかりで、このタイミングで観られて本当に良かった。賢治さんが作ったイーハトーブ石原莞爾さんが考えていた戦わずして戦争を終わらせる計画など、いまに置き換えて考えると部分的には通じる部分もありますが、100年たって、まだ同じようなことを繰り返しているとも言えそうです…。

 

 

シス・カンパニーのみなさまが、2020年の緊急事態宣言時に中止ではなく延期と判断された思いは並々ならぬものだったと想像できました。この作品は何が起こっても上演されなければいけないお話でした。

 

 

ラストで、宮沢賢治さんの書いた歌詞、精神歌をケンジさんたちが歌って、イシワラさんとホサカさんが微笑ましくその様子を眺める瞬間のあたたかくて和やかな空間から感じたものは、何かに流されても絶対忘れてはならないもの、だと思いました。みなさんの歌声がとても感動的でした。

 

中村倫也さんと黒木華さんが出演されると知って見たくなった作品ですが、この戯曲は難しくても大切な思いが込められているので、長くどこかで上演され続けてほしいなと思いました。

 

 

とても美しく素晴らしい作品でした。

素敵な作品を観ることができて本当に良かったです。

中止にならないように行動されたカンパニーの皆様、ありがとうございました。

たくさん考えることのできる空間にいられた時間は宝物になりました。