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日記。観たもの、聴いたもの、読んだものについて思い浮かんだこと。感想はネタバレを含んでます。

映画『ハケンアニメ!』を観て頭に浮かんでいること

2022年5月20日(金)公開

映画『ハケンアニメ!』

映画館で観たことを記録しておきたい。

梅田ブルク7(3)、TOHOシネマズくずはモール(1)、シアタス心斎橋(1)にて観賞

ステーションシネマ、パークスシネマ、イオンシネマ四条畷にも行きたかったけど時間が合わず……

 

辻村深月先生の小説と同名タイトル、吉野耕平監督作品、吉岡里帆さんと中村倫也さんが出演と発表で知った時から映画館で観ると決めていた。次々発表されるキャストの方やアニメ制作会社が好きな方ばかりで、公開前から楽しみで仕方がなかった。その後映画館で観て、今年だけじゃなく今まで見てきた作品の中でも上位に入りそうなぐらい好きになった。気持ちが溢れて感想をメモしようにも言葉がまとまらず、公開から約3週間が過ぎても書いては消し、書いては消しを繰り返してる。次々に思い浮かぶ感想をいったん出してしまいたいので、いつものように思いつくまま書いてみる。

 

原作既読。公開前に発表された予告はコメディ感強め。実際に観ると予想以上に深く感動できる素晴らしい人間ドラマだった。創作の苦悩と、ビジネスとバランスを取る難しさ、物質的、精神的に裕福に見える人が目立つ中で、そこから外れた人入れない人が抱える疎外感、理解してくれている人がどこかにいることも押しつけがましくなく描かれていた。年齢、性別、ルックス、趣味嗜好で人を分類して扱う問題もあり、しんどいテーマの連続だけど、劇中アニメ2作品の魔法にかかって、映画館を出る時にはまた頑張ろうと思う気持ちになっていた。

 

刺さる刺さらないは当然個人で違う。それでもこの作品はアニメ好きのためだけではなく、いろんな年代のいろんな立場の人が観ることのできる群像劇だと思う。刺激の多い作品がヒットする流れの中で、社会の色々な問題をエンタメと掛け合わせて扱う作品が今公開されたことが、どうしてかわからないけど単純に嬉しくなった。

 

www.haken-anime.jp

 

youtu.be

 

 

何年か前、別の長年好きなアニメ公式さんが、映画公開中のレビューサイトへの投稿がこれから先の展開にも繋がるのでとても大事なんですと話していたことを思い出し、ファンができるせめてもの応援になるのなら、ハケンアニメ!のことも同じよう応援したくなり、SNSなどに投稿した。

 

れん on Twitter: "『ハケンアニメ!』作りたいものを世に出す葛藤と苦しみが全てのキャスト様、スタッフ様の熱量から伝わりました。現実の色々な問題を思うと良かったの一言で済ませられない気持ちですが次世代へ希望が繋がる作品になるよう願ってます。 https://t.co/L0xrSVkrJL" 

 

初回鑑賞時の混乱と公開後鑑賞した後まだ混乱してるのがわかる感想

filmarks.com

 

 

れん on Twitter: "アニメに興味がなくても人間ドラマが好きなら楽しめます。 オタクリア充見た目学歴男女差、無自覚のうちに作られた見えない壁や違いを乗り越えて何かが出来上がる可能性を感じました。#ハケンアニメ #届けハケンアニメ
https://t.co/ymI1WuwpV5"

 

youtu.be

 

(…感想でも書いたけど、睡眠時間を削ったり、私生活を犠牲にして作業しないと間に合わないとか、給料が安すぎるとか、Twitterやニュースで流れてくる問題はなんとかしないとどんどん作る人がいなくなるような気がして心配です…)

 

映画を観ながら思ったこと。ネタバレしてます。

 

映画では原作から構成が変わって、新人と天才監督の作品を同じ枠で放送する視聴率対決を軸に、制作現場や作品を届けるためのテレビ局との交渉やメディア宣伝活動の裏側に関わる人たちがどんなことをしているかが描かれていた。

私は"お仕事もの"は、今まで受けてきたパワハラなどを思い出して苦しくなるのでめちゃくちゃ苦手。話題作でも序盤で諦めてしまうものが多い。ハケンアニメ!の原作は好きなアニメ業界の話だからか、文章がカジュアルで読みやすいせいかなんとか読んでいた。この映画をはじめて観た時、悪い意味では無く、たくさん詰まった情報に追い込まて苦しくなってしまった。制作会社内を見て京都アニメーションの事件を思い出し、さらに瞳が世間の声に追い詰められたり有科Pが局との板挟みで思うようにいかない描写で、なぜか自分の過去も思い出して過呼吸を起こしかけた。

だけどストーリーが進むほど、監督たちが最終話までどうやってどんな結末を選んだのか、苦しさを我慢してでも見届けたい気持ちが強くなり、最後まで席を立たずに全部観賞することができた。まるでこの作品と似たような"苦しくても諦めない"体験をして、その行動はダメだったのかそれとも良かったのかはよくわからないが、帰宅した時には感動と同時にスッキリした爽快感もあった。

観る前は2作品視聴率対決の構成に少し嫌な気持ちを持っていた。アニメでなく音楽シーンで、90年代後半にイギリスで起こった当時人気絶頂の2バンドを売り上げ対決で盛り上げるメディアにイラっとしたことがあったので、数字で煽る演出は勘弁してほしいと思っていた。でも視聴率競争を表すシーンはCGと音で表現されていたから、重くなりすぎず、逆に映像が面白いと思って観ることができた。瞳が電車内で精神的に追い込まれる様子は見ていてしんどくなったけど……。

細かい部分で違和感があったが、何回か観てるうちに細かいことは頭の片隅に追いやって、自分の根っこに響く何かがハケンアニメ!にはたくさん詰まっていて面白い、何回も観たいと思うようになっていた。

 

キャストさんを観て思ったこと。

新作発表&対談イベントシーン。王子が苛立ちをあらわにして放った"世の中に普通の人なんていない"から後の語りは何回も聞きたい。真っ黒な眼差しで前を見据えて捲し立て、自分の作品を必要とする人のことを思う気持ちを語りだした頃から少し柔らかな眼差しに変化して、"〜俺は幸せです。"と強い眼で語り終えた表現が心に響いた。

その後、瞳にカメラが変わった瞬間の吉岡里帆さんの眼差しも素晴らしかった。大人になってから王子の一作目光のヨスガを見て、自分の裕福ではない環境の中で過ごしてきた人生を登場したキャラクターが同じ境遇だったことで肯定されアニメ業界へ入ったと、声を震わせながら語った。

ここで王子が瞳越しにはっきりと映っていなかったが、顔は瞳の方向に向けていたのが印象的。イベント中に司会者に背中を向けたりしていたが、話を聞きたい人にはちゃんとするのが面白い。どうもありがとう、と俯いて瞳に告げる様子から、王子は伝えたい人に作品が届いていた嬉しさを噛み締めているように見えた。

会話が続く中で瞳が突然サバクが覇権を取ると宣言した時に、吉岡さんは涙を浮かべながら表現された。心に積み上げてきた王子に対する憧れと私が誰かに魔法をかけたい!届けたい!と思う強い気持ちが感じられてとても良かった。二人は視聴率や売り上げよりも大切なものが何かを知っている。

 

王子が初回放送時に自作を観ないでサバクに見入っていた姿が印象的だった。イベント中からサバクに興味を示していたから単純に観たかっただけなのか、瞳がどんな作品を作るか気になっていたのか。才能と強い気持ちをサバクから感じ取って、良きライバルとして認めたように思う。その後サバクの編集スタジオを訪ねたのも、本気で瞳にアドバイスをしたかったからではないか。

 

ファインガーデンの"神作画"並澤和奈も絵で魔法をかけられる人だった。急遽アニメ雑誌の表紙を描くことになって、鉛筆を動かし始めた瞬間の、プロのスイッチが入るような小野さんの表現に鳥肌が立った。トワコとまゆが線で浮かび上がる様子は、紙にキャラクターの命が吹き込まれていくようでとても素晴らしかった。

和奈と秩父市役所の観光課職員宗森のリア充の意味をめぐる会話が面白かった。オタクが僻んでリア充と言う言葉が、リアルの他に豊かさが無いとバカにされたと思ったと伝える工藤さんの真っ直ぐな雰囲気が良かった。宗森が言ったリアルしかない人間という言葉には、明るいイメージの裏に好きなことを選ぶ自由がない世界で生きる苦しさもあるように思えた。リアルじゃない場所を豊かにする、というセリフが、後の王子が時間が無い中考えたリテイクを、断られるのを承知でどうにか完成させるために行動に移した有科Pの熱意に和奈が応えた理由となった時、フィクションの背景にはいつも人がいることを改めて思い出した。

 

アニメで重要な"声"を担う声優の方の場面。高野さんの群野葵は、批判的にアイドルとして扱われる女性声優の悔しさとそれら外圧を跳ね返す心の強さと覚悟が伝わってきた。本業の方だからこそできる説得力のある繊細な表現が、劇中、一部分しか見ていないはずのキャラクターたちの人生を共にした気分になれた。

余談。私が好きなとある声優の方は、自己紹介の時にキャラクターを"演じる"とは言わず、誰々の"声をしています"と必ず言われる。その方のこだわりの理由が、このハケンアニメ!の群野葵ちゃんを通してアフレコシーンで見えたキャラクターの人生を担う覚悟のようなものかなと想像してみたり、ストーリーとは別のところで感動していた。

あと、まさか速水さんや梶さん、潘さんがアフレコブースにいる向こうに吉岡さんや前野さんがいる光景をスクリーンで見られるなんて、何年か前の自分に言っても絶対信用しないと思う。

 

表情を変えず淡々とした雰囲気でビジネス重視に見える行城Pも、視聴者に魔法をかけられるアニメを届けたい熱い想いを抱えた人だった。柄本さんのビジュアル設定と口調は、業界は違えど、こんな人と仕事した記憶があると思い出した。アフレコ中でもひたすらPCに向かって入力していたのはメールの返信か何かの報告書なのか。常にマルチタスクをこなすのが、根岸たちが陰口を叩く以上に、本当に仕事ができる人に思える。瞳がチョコエクレア食べたがってることに全く気がついてないところが意外で、抜けていて面白かった。エンドロールの後の円盤予約数ランキングの結果を見て反応する場面で気持ちがとても和んだ。

 

トウケイ動画の人たちがそれぞれ個性的で面白かった。新谷さんのプロの厳しさと深い暖かみを同時に醸し出せる編集さん、無意識に男社会の意識から出る言動をしていることに気がつかず一応女性にも気を使ってます仕草をしてるつもりな前野さんと古舘さん(職場に必ずいるタイプなお二人が面白くて仕方がなかった)、明確に熱さが伝わってきた矢柴さんの作画監督、ベテランの嫌味な風を吹かせていたけど、瞳が大事なものを失ってもそこから得る希望があると力説した時に、できることがあるかもしれないと応えた徳井さんの脚本家。(三角形のちょいおつまみの開いた袋がたくさん机にあったのが面白かった) 最終回の変更を受け入れた後からスピード感が加速した。きっとここからの展開が何回も観たくなる大きな理由かもしれない。

 

クールに見えるリデルライトチームも熱かった。松角さんの渋い演出さんと王子のやり取りはほぼなかったけど、二人の間に流れる空気がスピンオフ小説のレジェンドアニメ!に出てくる音響監督五條さんと王子みたいな空気感を感じた。黒縁メガネのアニメーターさん?たちクリエイターというか全身から醸し出されるエンジニア感が、こんな雰囲気の人たちシステム部門にいてそう。有科Pのピシッと指示を出す声が響いて、全員の掛け声はなくても熱さが伝わるスタジオの雰囲気も良かった。

 

ファインガーデン社長の六角さんは、マイスターみたいな貫禄で穏やかな雰囲気の社長で、一緒に働くのは気が楽そうでいいなと思った。地底人Tシャツの人も。秩父市を選んでいることからも『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない』オマージュそのまんまだった。働けるならここがいい。

 

アニメイト店員の前原さんはアニメ大好き感が出ていて、円盤やグッズを買うとしたらこの店に行きたいと思ったぐらい良かった。和奈がデートだと思っていた相手、フィギュア会社の逢里さん、和奈に仕事の話がしたいだけなのか、スカイツリーまで行ったのは本当にデートもしたかったのかが私には謎な人だった。

 

王子千晴と有科Pは、スポ根の選手とマネージャーのような雰囲気を感じた。最終話は監督の思うようにやってください、局と闘える武器をくださいと告げる尾野さんの冷静なのに覚悟と熱い気持ちも見える口調は鳥肌が立った。その言葉を受け取った王子が筆が乗りはじめた時の一連の動作もスイッチが入った瞬間のように見えてじわじわと感動がこみ上げた。その後全て書き終わった時の闘い終わったような背中が、ゼロから1を作り出す人の心身を削って物語を作る厳しさを表しているように見えた。最終回の終了時に王子が香屋子と演出さんの表情をうかがうように見てホッとした表情を見せたのが、ものづくりをする人の素直な顔、純粋な少年感が見えたように思った。思い出すとキリがないぐらい素晴らしいと思ったセリフと演出の数々。あとは、円盤か配信で観るたびに確認したい。

(最終話放送後に二人でタクシーで帰ってる時の結婚云々の会話の場面…なんか唐突すぎるような…王子の少年ぽさ炸裂といえばそうなんだけど、原作でも終盤なんだけど…。まあ、とても良いやり取りだからいいか。)

 

瞳が、根岸と越谷に女性だ新人だかわいそうだと言われ続けてキレて、全然かわいそうじゃない!と言い切る場面から、誰かに傷つけられた太陽君に、この世界は繊細じゃないと伝える場面にかけて、自分が普段閉じ込めている気持ちにめちゃくちゃ響いて一番涙が止まらない場面だった。ごくまれに、わかってくれる人はいる、と太陽君に言う口調で涙腺が決壊したように泣けてきた。魔法のステッキではなかったけど、無駄な宣伝だと批判していたコラボラーメンが太陽君にサバクの名前を知ってもらうきっかけになっていたのが面白い。これからは好きな作品のグッズに疑問を感じても、いろんな人に届けるためと思うことにした。

 

最終回放送シーン。リデルは、ファンが王子ならキャラを殺す最終回にすると期待している中、落下するバイクを上に向けて、キャラクターは全員生き残った。泥臭くても生きて新しい道へ走り出すことで、良い意味でファンの期待を裏切る、新しい終わり方を描いた。サバクはトワコは音や記憶などを失って自分の街へ落ちていくが、その先には忘れないで待っていてくれた人たちの新しい希望があることを描いて12話を締めくくった。

描き方に違いはあるが、2作品ともどんな状況でも諦めず生き続けろと、観た人全員の生き方を肯定するメッセージになっていた。劇中少ししか見ていないのに3か月かけて全話見た時の達成感のような感覚があった。瞳は王子の影響でサバクを作ったが、王子も瞳の熱意に影響されて最終話で主人公たちが生き残る結末を選んだのだとしたら、対決ではなく、お互いの技量を出し切ったとても気持ちの良い試合みたいだったと思う。私なら2作品とも円盤を買いたくなるかもしれない。

辻村先生が書かれた全話分のプロットがあるし、いつかどこかでどちらの作品も配信か放送で全話見たい。これだけで終わるのが本当にもったいない。

全編を通して、孤独や八方塞がりのような苦しさを感じている人が、リアルやリアルじゃない場所のどこからでも誰かからメッセージを受け取れれば、上手くいかない道のりを良い方向へ向き直して新たに進む力を得るという描き方が本当に心に響いた。これから先、何年経っても絶対また観たくなる映画になった。

 

 

ハケンアニメ!を観ながら、自分の生き方も考えていた。前も今も働いてきたのは創作、コンテンツ制作とは全く違う業種。昔ながらのガチガチ男社会企業ばかり。個人の趣味としても世に出すような創作に関わったことは無い。

ただ、子供のころからドラマ、映画、アニメ、絵本、小説、漫画、音楽が好きだったので、いつも頭の中には架空の物語が存在していた。運動音痴で虚弱、地味な私に向かって無自覚に否定的なことを言ってくる人たちの言葉を真に受けすぎて自分を否定して、他にもいろいろあって、聞きたくない会話と見たくないことを入れないためにアニメや映画に没頭していたのかもしれない。ほかの人とどこかずれてる感覚にも嫌気が指して、早くこの世から消えたいと頭の片隅でずっと考えていた。でも吹奏楽を経験したり、いろんな作品を探したり見聞きするのが楽しくて、それが身近にいる誰とも共有できないことでも、20代で消えずに生き続けられたのは間違いなくポップカルチャーがあったからだ。世界中にある映画も音楽もドラマやアニメ、小説、ゲームも、自分から手を伸ばせば、リアルで会うことはないかもしれないけど、生きていていいんだと勇気づけられるメッセージに出会える。そしてどの作品の向こう側にも、あなたを"わかってくれる"人がいることを、いつも忘れない。